日本バプテスト連盟の青年たちが全国から集まって「神から愛されている自分たち・・そして、その愛に応える人間」
天城の天然の静けさと神の息吹の風を受けながら、語り合い、和みあう。
肌を吹き抜ける天城の風、心を包む神の愛の風を感じあいました。
そして、青年たちを迎えるユリの花

日本バプテスト連盟の青年たちが全国から集まって「神から愛されている自分たち・・そして、その愛に応える人間」
天城の天然の静けさと神の息吹の風を受けながら、語り合い、和みあう。
肌を吹き抜ける天城の風、心を包む神の愛の風を感じあいました。
そして、青年たちを迎えるユリの花
『神に感謝』の歌を奏でる人。恵泉バプテスト教会のサマーキャンプの集いに天城山荘をご利用になりました。静かな光を受け、神への感謝と賛美のメロディーが木々のさやかなささやきと共に流れてきました。

そして、リフレッシュした心と体に神の証しの喜びを載せて岐路につかれました。

今年の夏は、異常な暑さが続いています。天城山荘も例年になく暑い日が続いていますが朝の空気はさわやかです。皆様のお疲れがでませんように・・・

聖書にも讃美歌496番にも歌われている白百合の花が天城山荘のあちこちに咲き来荘者の目を楽しませています。
「むくげ」と「芙蓉」どちらもハイビスカスの仲間。「むくげ」は、茶室の生花にそして、わび、さびに用いられることが多いが芙蓉は南国のイメージがあり同じ仲間というのは意外でした。
天城山荘では、むくげと芙蓉を同時に観ることができます。

むくげ 芙蓉
昨晩は、久しぶりの雨となった天城山荘。今朝は、雨も上がりさわやかな朝、前庭から一号館を撮りました。パンフレットにも使われているお馴染みの光景ですが雲がなんとなく秋を思わせます。
もう一枚は、やはり前庭にそびえるヒマラヤ杉を根元からハイポーズ。

一号館 ヒマラヤスギ
お客様から「あの建物は、茶室ですか」と質問されることがある定員400名の木造建築の大チャペルの屋根瓦に朝日が輝いています。百合の花は、1号館をバックに咲いていました。

広い芝生と木立に囲まれた天城山荘は、虫たちが暑い夏の日差しを
避けて集まる格好の空間です。自然の中で虫の生態と触れ合う子供たちです。

ヒマラヤ杉の「松ボックリ」、杉と言う名のつく松の仲間。
リスの食べ残しが「えびのシッポ」に似ていることから、(えびのシッポ)
山荘に入り口の路面にたくさん投げ捨てられています。
野生リスたちの楽園でもあるのか、日本リスは絶滅危惧種です。山荘付近は、まだ、台湾リスなどにあらされていないと祈るばかりです。

朝顔の花が咲きます。朝の散歩にさそう朝顔、涼しい空気を伝えて、戸外へ導きます。そして、
心地よい息に身も心も浄化され、気持ちも新たに山荘に戻る頃には昼顔が明るく「こんにちわ」。

涼しく咲く朝顔

元気づけてくれる昼顔
「神の愛」を笑いとペーソスで伝えるロゴス腹話術研究会の皆さんが集い日頃の活動、友好、研鑽の集いが天城山荘で行われました。
「光あれ」で始まる神の創世の行為は(始めに言葉があった。・・・)と言う言葉で表現され、そして、「言葉が肉となって、わたしたちの間に宿られた」イエスは自分の生涯の全てをかけて「愛」を具現化しました。
ロゴス腹話術研究会の 「ロゴス」と言うあまり聞きなれない名称は「キリスト・イエス」の深い愛を表現しています。
参加者の二人が人形を持って休んで見えるところのスナップです。上の絵は「洗足のイエス」イエスが十字架に貼り付けになる前日、弟子たちの足を丁寧に洗い、福音の言葉を身をもって伝えた場面です。足を洗っていただいた弟子たちは心身ともに心地よく、元気になったことでしょう。
ロゴス腹話術研究会の皆さんは、人形に命を注ぎ、「ロゴス」を伝え、心からの笑いを誘い出します。
心から溢れる笑いは人生を豊かにし、全ての人種、世代を超えて交わりを深めていきます。
活動の場所は、学校、福祉施設、各種の集いなど多岐にわたり、福音の喜びを笑いのなかで伝えています。

「洗足のイエス」の下で子供(人形)を抱く二人 ロゴス腹話術研究会の皆様

微笑みが会場を沸かせ、愛の交わりが流れる ペーソスは心の豊かさ、手をとりロゴスが溢れる

『光は闇の中に輝く』大会終了の演壇から
天城山荘の庭には、夏から秋の終わりまで咲く花があり、なが〜く花を眺めることができます。
サルビアもその一つです。春に苗を植えてからすでに2回ほど満開になり、写真は、3回目の満開となったサルビアです。天城山荘に来荘すると1号館の前で皆様をお迎えします。

満開となった見ごろのサルビア
日本バプテスト連盟 全国壮年会連合の 第42回 全国壮年大会
〜神から委ねられた責任と働き〜
天城山荘で「新たになる」集まりがあります。ひとりでなやみ、苦しむよりも、
イエスの愛の基に集い、「キリストの基に新たになる」ために日本の隅々から壮年たちが
集まり語り合い、気持ちを共有し、イエスの愛に一つになる集いが行われています。
「遣わされなくては、どうして宣べ伝えることがあろうか。
『ああ、麗しきかな、よきおとづれを告げるものの足は』
大会聖句 (ローマ書 十章15節)
